いつもとは違うことをしようか。
ねだるのは何も……お前からってことはないんだから。





ずるい人。







 沢松はいつも、寝るときだけその髪を解く。
 肩先まで伸びた、綺麗な黒髪。
 風に揺れる様に、いつも見惚れてしまう。
 綺麗な髪。
 もっとずっと見ていたい自分と、心の思うままに触りたい自分が葛藤する。
 髪に見惚れ。
 横顔に見惚れ。
 でもその髪に触りたい。
 横顔に触りたい。
 視線をこちらに向けて欲しい。
 その漆黒の瞳で、見てもらいたい。
 いつも。
 いつも……その視線が自分に向かっていればいいのに。
 ずっとこっちを見ていればいいのに。
 それが叶わないなら……―――
 誰もその漆黒の瞳に映さないで。
 誰も、映さないで?
 こんなにお前に見惚れてる自分が居るのに。
 お前の目が他の誰かを見てるのは、気に食わない。



「……沢松?」
 とうとう天国が我慢出来ずに呼びかける。
 うつらうつらと、半眼を閉じていた漆黒の瞳が天国を捉える。
 綺麗な目。
 知ってる?
 本当に真っ黒な瞳ってないんだよ。
 光の加減でこげ茶色とかになっちゃうんだ。
 でも、お前の目は光を映してもそんなに色が変わらないね。
 本当に……綺麗で、貴重な目だね。
 お前がいつか俺から離れていくときが来たら、その目を抉り取ってやるから。
 いつまでも見ていたい。いつまでも、見ていてほしい。
 だから、抉り取って、俺が死ぬまで保存しとくんだ。
 ホルマリン漬けはダメ。あれは色が変わっちゃうから。
 どういう方法がいいかなぁ……
「……お前さ、そーゆーこと口に出して言うなよ」
 沢松が呆れた声で苦笑する。
 その声にはっとして、天国が考えていたことを全て口に出していたことに気付く。
「……聞いてんなよ」
「どう聞くなっつーの。この距離で」
 確かに。
 春なのに風が冷たいせいでぴったりとくっ付いていた。
 お前の触れる場所は暖かい。
 ……熱いくらい。
「そうだけど。とにかく、聞くな!!」
「はいはい……聞かなかったことにしとく」
「べ、別に聞いて欲しくなかったわけじゃないし、離れることもないんだからな!?」
 天国が言えば、沢松はますます笑みを深くした。
「はい、はい……お前はちょっと恥ずかしかっただけなんだな?」
「恥ずかしくない!!」
「……そういうことにしとく」
 沢松の笑みが、なんだかヤラシイ……。
 絶対、今「天邪鬼で恥ずかしがり屋で、照れ屋で……可愛い奴」とか思ってたんだ。
 どーせ天邪鬼で恥ずかしがりで照れ屋だよ。
 つか。
 よくそんな性格の十五歳男子高校生を可愛いとか思えるな?
 俺だったら気持ち悪いとか思うぞ。女々しいじゃん。
 こいつの趣味はマジわからん……。
 そーいえば。
 こいつの好みってどういうのなんだろ?
 ……どーせ、「お前」とか言うんだろうけど。
 恥ずかしい奴だよ……恥っつーもんを、誰かこいつに教育したほうがいいんじゃないか?
「教育しようにも、お前に関しては無理」
「っ!? ……だから、聞くなよ!!」
「聞こえるように話してるんじゃねーのかよ? ずっとさっきから口に出しまくってんぞ」
「ダメッつったらダメなんだよ!!」
「はいはい……じゃあ寝てるよ」
「それもダメ。お前は俺を見てればいいの」
「……俺に何がさせたいんだ、お前は……」
「だから、俺を見てればいい」
「……お前の可愛い独り言を聞き流しながら?」
「ッ!? 可愛い言うな!!」
 ホントに恥ずかしい奴だな!!
 俺はお前に何がさせたいんだって言いたい。
 マジで。
 俺が恥ずかしさで死にそうになるのを楽しんでるわけか?
「死にそうになったら、人工呼吸してやるよ」
 漆黒の髪が風に揺れる。
 それを邪魔そうに掻き上げる、長い指。
「……人工呼吸なんかされたら、俺、そのまま死んじゃうんじゃね?」
「じゃあ、お前が死んだらお前のその目、抉り取って……抱きながら死んでやるよ」
「……目だけ?」
「お望みなら、その顔も。その体も。……心残りといえば、その可愛い性格ばっかりは俺の腕に抱けないことだな」
「可愛い性格、してねーと思うぞ……」
「してる。俺が言うんだから、間違いねーよ」
「……あっそ」
 天国は長いその指を見つめ、目を細めた沢松に見惚れる。
 綺麗な髪。綺麗な目。……綺麗な指。
 こいつの指って、そういえば男のくせにすげー綺麗。
 細いってわけじゃないけど、すらっとした長い指。
 手の平合わせたら、絶対こいつのほうが長い気がする……。
 ……つーことは、近いうちこいつのほうが背が高くなるって事か?
 ムカつくー。
「俺の腕にすっぽり入るようになったら、俺はいつでもお前抱きこんで寝るな」
「俺はお前の抱き枕じゃないっつーの。つか、ムカつくから暴れてやる」
「暴れても簡単に丸め込めそうだよ、お前」
「俺の馬鹿力を舐めんなよ!!」
「俺にはとっておきの技があるからな」
「……なんだよ?」
「ひみつー。教えねーよ」
「何でだよ!?」
「教えても別にいいんだけど……そしたらお前、赤面死しそう」
「はぁ?」
 わけわからん。
 こいつの恥ずかしい頭の中身は、この優秀な俺様の頭でもわからん。
 なんなんだ……。
 俺が大人しくなる技?
 各種格闘技を極めた俺が?
 んなもん、あるのか?
「あるよ。お前がどうしても鍛えられない弱点」
 ……あるのか?
 俺が鍛えられないとこ?
 どこだ?
 急所とか言うんじゃないだろうな?
「んなもん、誰だって鍛えられないだろうが。可愛い顔で下品なこと言うな」
 急所じゃない?
 つーことは……体、ってことじゃないのか?
「そ。冴えてますなー」
 心……?
 そりゃ、この繊細な俺様の心はお前が一番良く知ってるだろうけど……
 大人しくなる?
 さっぱりだ。
「教えて欲しいか?」
「そこまで言われて気にならないやつもいないだろ?」
「まぁな。じゃあ……そうだな」
 考え込むように、唇に手を当てる。
 天国が首を傾げながらそれを見ていると、沢松はくすり、と笑う。
「お前からキスしてくれたら、教えてやる」
「はぁっ!? んな恥ずかしいこと出来るか!!」
「じゃ、教えない」
 なんなんだ!? こいつは!?
 誰がこんな人間にさせたんだ!!
 出て来い!!
「……あえて言うなら、お前なんだけど」
「どこでそうなった!?」
「んー、お前が可愛いから?」
「……ふざけんなー!!」
 まったく!! ほんとにわけわからん!!
 この世の何が謎って、お前が一番の謎だ!!
「……一番の謎にしてくれてありがとよ」
「いや、それほどでも……って!! 違ぁーう!!」
「はいはい……。で、知りたいのか? 知りたくないのか?」
 沢松は楽しそうに笑いながら、頬にこぼれ落ちる前髪を掻き上げる。
 ……くそう、こいつ、絶対俺がその仕草が一番好きなことわかってやがる。
「そりゃ、十年も一緒に居ればな」
「健ちゃんは優秀で結構ですなぁ……。……俺の弱点って、聞いたら克服できるもの?」
「さぁ……どうだろうな? それはお前になってみないとわかんねー」
 何だ?
 ホントになんなんだ!?
 知りたい。……けど、こいつの楽しそうな笑いがなんとなく嫌な予感にさせやがる……。
「知りたくねーのか?」
「……。じゃあ……知りたい」
 言ってから、なんとなくそれで負けたような気がする。
 何でだ?
 自分じゃ判らない、自分のことを自分以外の誰かが知ってることに焦るからか?
 ただでさえ、俺が知ろうと思って知れなかった知識はないって言うのに……。
「……俺は、お前を知ってるよ。誰より知ってる自信がある。お前がわからないとこは、俺が全部知ってる。反対に、俺が知らない俺を、お前は誰より知ってる。そーゆーことなんだよ」
 なんとなく……言いくるめられたような気も……。
 まあ、いいか。
 こいつが知ってるんだったら、悪い気はしない。
「教えてやるよ。だから……キスしてくれ。お前から。いつも俺からだからな。たまには……いいだろ?」
 たまには。
 そーだな、いつも俺がねだるから。
 いつも俺がねだって、お前にキスをさせる。
 たまには逆があっても……いい、のか……?
 ……なんだか、いいようにされてる気もしなくないんだけど……。
 まぁ……いいや。
 お前が知ってる、俺の知らない俺を教えてくれるんなら。
 安いものなのかもしれないし。
 天国の微かに染まった顔が、沢松の顔に近づく。
 唇が、触れる。
 軽いキス。
 沢松の腕が上がって、天国の背に回る。
 そっと離れて薄目を開けると。
 漆黒の瞳は閉じた様子もなく笑っていた。
「……目くらい閉じろ!!」
「お前がさっき見てろって言ったんだろ?」
「そ、そうだけど……それとこれとは別だろ!?」
「はいはい、わかったから。今度からは目を閉じてやるよ」
 くすり、と至近距離で笑う。
 吐息が、天国の唇に触れる。
 それが二度目のキスのようで……意味もなく照れる。
 漆黒の髪が目の前で揺れる。
 ……やっぱり、こいつの髪はこういう至近距離で見るのが一番いい。
 目も、黒々としているのが良くわかるし。
 不思議だ。
 こいつの目には、世界が黒く見えたりしないんだろうか。
「見えねーって。お前の琥珀色の目が見える。どっちかってーと、光の色が見える」
「ふーん……。あ、で、俺の弱点って何?」
「……お前がこうやって俺の腕の中に居て、暴れても簡単に押さえ込める俺だけの技は……」
 お前だけの?
 それじゃあ、万人に使える技じゃないんだ。
 そんなことを天国が思っていると。
 沢松が天国の背に回していた片手を琥珀色の髪に埋める。
 そして。
 引き寄せられた。
「ッ!? ん……ッ!!」
 舌が入り込む。
 実にすんなりと。
 深く、深く。
 唇が重なる。
 貪るように……天国の抵抗も、子供がするような弱い力でしかない。
 角度を変えて、深く唇が重なる。
 天国の手が、抵抗する手ではなく、縋る手になる。
 縋る。
 この状況を救える相手は、目の前の人しかいないように。
 ……目の前の人間こそ、この状況を仕立て上げているのに。
「……ほら、大人しくなった」
 唇を離して、吐息のかかる距離で囁かれる。
 頬が熱い。
 手が熱い。
 沢松の手が触れた背中や、頭が熱い。
 ……唇が、熱い。
「気障っぺめ……」
 憎まれ口を叩く。
 それしか、天国には出来なかったから。
「なんとでも? それで、お前はこれを克服する手段は見つかったのか?」
 見つかるわけがない。
 どうやってこれを克服するのかなんて、考えられるはずもない。
 ……沢松のキスは、好きなんだから。
「……わかんねーよ、どーせ」
「慣れればいいだけなのにな」
「慣れるかっての!!」
「……そんなに俺のキスは刺激的?」
「……ずるい」
「ははっ!! お前にだけ、俺はずるくなるんだよ。これもお前だけが知ってる俺」
 沢松は笑って、漆黒の瞳を天国に向ける。
 風が吹いて、寒いのに。
 熱い。
「……ずるい奴……」
 頬を膨らませて、腕を沢松の首に回す。
 抱きしめ返される、強い力に溺れて。
 死んでしまいそう。
「……お前を抱いて死ねたら、俺は一番嬉しい」
「……ホントに、恥ずかしいずるい男だな、お前は!!」
「お前に関しては、どう教育されても俺はこのまま。お前がいつまでも、俺にとって天邪鬼で恥ずかしがり屋で照れ屋で、可愛いように」
 琥珀色の髪を撫でながら、沢松は笑う。
 このまま。
 たぶん、ずっと。
 俺たちはお互いをそんな風に考えて。
 このままずっと。
 漆黒の瞳を抉り取っていつまでも見ていたくて、見ていて欲しい俺と。
 俺の目を抉り取って、抱きながら死んでいきたいというお前と。
 たぶん、二人ともずっとこのままの性格で。
「……今はこのままで居て欲しいな」
「それはこの性格のことを言ってんのか、それとも……この体制のことを言ってんのか。どっちだ?」
「……どっちも」
「天邪鬼のくせに、こういうときは素直なんだよな……可愛いな、ホントに……。お望みのままに、このままで」
 微笑んで。
 囁く。



 それは風の冷たい、春の日のこと。







あ、甘……
恥ずかしいよ、あんたホントに!!
……恥ずかしいのは私か……
ともかく、二周年記念、沢猿フリー小説です!!
皆様いつもありがとうございますvv

こんなものでよろしければ、
どうぞお納めくださいませvv




素敵な物を頂いちゃいましたw

シカナルも沢猿も欲しくなって、
両方下さい!と叫んで貰って来ました♪

神原さま、素敵な小説をありがとうございますw