可愛いペットには、
時には厳しい躾も必要。













 その日アカデミーでは、いつもの授業が終わり、いつもの放課後が訪れる……はずだった。



「メイセンセー!!」
 一人の生徒が職員室に駆け込んでくる。
 職員室など何年か前までは生徒にとって恐怖の場所であり、倦厭されていた。
 それなのに、ここ数年……メイとケイが教師に就いてからはその常識など根底から覆されたようにひっきりなしに生徒が訪れる。
 怒られる生徒もいるのだが……職員室に行けばメイとケイ、あるいはどちらかの先生の顔が見られると思われている節もあるんじゃないかと、他の教師は呆れながら苦笑する。
 訪れる生徒の多くは、メイとケイに授業中に判らなかったことなどを聞きに来ているようだったが。
 二人の授業は、その優秀さによって早めに終わることが多いらしく、残った時間でわからなかったことを聞いているはずなのだ。
 それなのに、どうして生徒はひっきりなしに彼らに教えを請いに来るのか……
 答えは単純明快。
 ただ、姿を見て、話をして、自分を二人の記憶に留めたい……という、可愛らしい感情によるもの。
 今日もまたそんな生徒がやってきた、そんなところだろう。
 嬉しそうな顔は、何かいいことでもあったんだろうかと教師諸君の頬をほころばせた。
 ……が、次の瞬間頬を引きつらせた。
「メイセンセー!! 今日こそは俺の家で夕食!!」
 ね!? と頬を上気させて言い募る。
 可愛いものだろう、確かに。
 だが……それを見ている他の教師は思わず、その生徒に一致団結したように内心で突っ込みを入れた。

 お前それでいいのか、ほんとに!? 目を覚ませ!!

 生徒の行く末を偲ぶ教師たちの思いは、けれどその生徒には届かない。
「……そうだなぁ、行きたいのは山々だけど、俺も教師だからなぁ。生徒の家に個人的に行くのはまずいし……」
「そんなことないって!! 俺の母さんたちも、いつメイセンセーたちが来てくれるのか楽しみにしてるんだよ!!」
「うーん、それにしたって仮にも教師がなぁ……。ああ、そうだ。お前ちゃんと家事の手伝いとかしてんのか?」
「……してる……よ? ちょっとだけど……」
 一気に小さくなった声に、メイの顔に苦笑が浮かぶ。
 その隣で雑務をしていたケイも、聞こえてきた会話に忍び笑いをこぼした。
「母さんたちをもうちょっと楽させてやれよ? いっつもお前みたいなはねっ返りのガキんちょを相手に頑張ってんだから。夕食をご馳走してくれるってう言葉は嬉しい。でもやっぱ、俺は先生だからな。ごめんな?」
 綺麗なその顔でにっこりと笑って、生徒の頭を撫でてやる。
 頬を赤く染めて、うっとりとその笑みに見惚れる生徒に、もはやそれ以上思い残すことはないらしい。
「……うん……」
「まあ、しょうがないから、途中までなら一緒に帰ってやるよ。あとちょっとで終わるから、それまで待てるな? 友達とか残ってんなら、そいつらにも言ってやれ」
「……うん……」
 終始ボーっとした顔で頷いた生徒に苦笑して、ケイに振り返った。
「お前もうちょっとでそれ終わるんだよな?」
「あ? ああ」
「なら俺のも手伝って?」
 可愛らしく小首を傾げてねだるメイに、ケイが軽くため息をつく。
 先ほどから書類に目を通しては鉛筆をくるくると指で回していたにも関わらず、焦った様子もなかったのはこのためか、と。
 ケイの諦めた苦笑顔にメイの笑みがますます深くなる。
「やったvv んじゃ、お前もどっかで俺らが終わんの待ってろ。五時くらいには終わってると思うから」
 言われた生徒はホクホク顔で頷き、職員室を出て行った。
 意気揚々とした軽い足取りに、メイとケイの顔に呆れた苦笑が広がる。
「さーて、真面目にやりますかねー」
「お前……さっきまで真面目じゃなかったのかよ」
「俺、やりたくないことって極力なんかのきっかけがないと手つけないし」
「……そこで苦労すんのは俺なんだがな?」
「あはは、お前が一番傍にいるから悪い!!」
「……ホント、めんどくせー奴」
 嬉しそうな顔をするメイに、ケイは疲れた吐息を吐いて微笑する。
 メイがその微笑に頬を染めて照れた顔で書類に向き直る。
 ……その光景を見つめる、他の教師の胡乱な視線には気付きもせずに。
 ただ、ケイだけがちらりと周りを見やって、口元に笑みを刻む。
 それを見てしまった教師陣は引きつった愛想笑を返したが、顔色は冴えない。
 そんな二人を数年見続けたというのに、慣れない自分たちが悪いのか、はたまた彼らをアカデミーの教師としての任務に就けさせた火影を恨むべきか……
 判断は、やはり付きそうもなかった。


「今日も清清しく終わった、終わったvv」
「……最後は俺に手伝わせて…つーか、全部俺にやらせて終わっただろうが……」
「お前にやらせるのが一番手っ取り早いからな!!」
「……めんどくせー……」
 どうして、俺はこんな面倒な相手に惚れてしまったのだろう……と今更後悔ともつかない諦めの愚痴をこぼした。
 だが、仕方ない。
 面倒なのは承知で、あの月を背にした美しい少年に誓ってしまったのだ。
 抱きしめてしまったのだ。
 自分の知能も、何もかも捧げて、それでもこの少年が殺してくれと頼むなら……俺にだけに、頼むなら。
 そう……誓ってしまった自分が一番めんどくさい奴なのだから。仕方ない。
 そんなことをつらつらと考えていると、前方で何やら騒ぎが起こっているらしく、生徒たちが後ろから駆けていった。
「あ、メイセンセーとケイセンセー!! 早く早く!! なんかケンカがあるみたいだよ!!」
「ケンカ?」
「なんかねー、けっこう大人数でケンカしてるみたい!!」
「大人数……?」
「他の先生もたぶんそろそろ来るんじゃないかな? 術使ってるみたいで、すごいって話!!」
「術だぁ!?」
「……本日最大のめんどくせーことが起こった……」
 ケイが漆黒の長い髪を揺らし、音も立てずに地を蹴る。
 その瞬間には、その騒ぎの元まで行ってしまったのだろう。
 メイは教えてくれた生徒の頭を通り際にぽん、と撫でるように叩いて、ガラス玉のように綺麗な水色の瞳を甘やかに細める。
「……野次馬になんか加わらないで、さっさと帰れよ?」
「……はい……」
 夢見る少女の瞳をして、メイを見送る少年が一人。
 アカデミー内に横行する噂とファンが増えることは……間違いないだろう。



「……何してやがる、お前らは?」
 解いた漆黒の長い髪をふわりと肩からこぼし、ケイが跳躍した足を地面につける。
 その優雅さといったら、険悪だった少年たちの視線が釘付けになるほど。
 だるそうな、憂えているかのような漆黒の目がジロリ、と少年たちに向けられても正気が戻らない。
「……ケイ、さっさと行っちまうなよ」
「メイ……」
 スマート、といえばいいのか。長身のケイの隣に当然の如く立つメイの姿にも、少年たちは見惚れるような視線を向けた。
 甘やかさのにじみ出る、成人した男性にしては細い体。
 綺麗に整った顔。
 ケイがシャープな線の端正な理想の男性だとしたら。
 メイは柔らかさの目立つ、永遠の少年のような男性。
 どちらも魅力的な存在だった。
 そんな二人を目にした少年たちは、熱い視線を送るだけだ。
「ケイ先生……さすが、麗しき僕の神……」
「メイ先生……さすが、麗しき俺たちの女神……」
「誰が神だ、誰が」
「女神って俺か? 男なんだけど」
 ケイの呆れた声と、メイの面白そうな声に少年たちが熱狂的な叫びを上げた。
「ケイ先生!!」
「メイ先生!!」
「何だ?」
「「僕・俺だけの人でいてください!!」」
 揃った声はいまだ変声期を迎えないボーイソプラノ。
 かの少年合唱団もスカウトするだろう、綺麗な声だ。
 だが。
「…………………………………………なぁ、一つ、言っていい?」
「…………………………………………俺も、面倒だが一つ言いたい」
 黙り込んだ末の二人の言葉に、目を輝かせた少年たちに頭痛さえ感じる。
「俺は男だ」
「個人のものになれるはずないだろうが」
「大体、俺はケイのものなの、最初っから」
「俺はこいつに誓っちまったんだよ」
「判るか?」
 にっこりと微笑んだメイの笑みに、けれどうっとりとした目を向ける。

 ……ダメだ、何言っても無駄だ……

 ケイがため息をつき、メイが頭痛をこらえるように額に手を当てた。
 けれどそんな二人を横目に、少年たちのケンカが再び始まる。
「なんでケイ先生がお前らのものなんだよ!?」
「それを言うならメイ先生はお前らのもんじゃない!!」
「大体、ケイ先生と何でお前らが帰るんだ!!」
「メイ先生は俺と約束したから帰るんだよ!!」
「ケイ先生は違うんだから、一緒に帰ったって別にいいだろうが!!」
「残念でした、メイ先生はケイ先生と帰るから、俺らと一緒なんだよ!!」
「ふざけんな!!」
「こっちだってふざけんな!!」
 ギリギリと睨み合いが続き……それは起こった。
「メイ先生直伝、クナイ投げだ!!」
 きゃー!! と周りが叫ぶ声にケイが一瞬早くその腕を伸ばして、軌道のそれたクナイからメイの身を庇う。
 耳元でザクッ、と言う音と供に、長い漆黒の髪がはらはらと地面に落ちた。
「ケイ……?」
「……大丈夫か?」
「俺は大丈夫だけど……って、その髪!!」
「ああ? 短くなっちまったなぁ……」
「ケイの髪……俺の好きなケイの……」
「……メイ?」
「……ケイの髪……長くて綺麗な、俺の黒髪……」
「……どうしたんだ?」
「………………………………俺の大好きなケイの、ケイの髪が……」
 柳眉をひそめて俯いてしまったメイの顔をうかがうケイの目に、底光りした水色の目が映り……
 それを見たケイが一瞬寒気がするほどの殺気を感じる前に。



 爆発した。
 それはもう、いっそ小気味いいほどに。



「テメーらそこに並べぇぇえええっ!!!!」



「はいっ!!」
 一瞬の乱れもなく即座に直立した少年たちに、ケイが思わず引くほどの殺気を振りまいたメイがトントントン、と足を鳴らした。
「……諸君、俺の一番好きなものはなんだ?」
「はい、ケイ先生であります!!」
「……よろしい。では、俺の一番嫌いなものは、なんだった……?」
「……は、はい、ケイ先生に言い寄るやつ、です……」
 そこでにっこりと笑ったメイの晴れやかな笑顔とは逆に、少年たちの顔色は悪くなっていく。
「……物分りがよろしいことだな。では……諸君。ここに落ちている黒髪は……誰のものだと思う?」
「……け、ケイ先生のものかと……」
「ふむ。そう、実にその通り……。俺は、言ったよな? ケイに言い寄る奴はもれなく嫌いだと」
「……はい……」
「お前らは……俺とケイのファンクラブの奴らだな?」
「…………は、はい……」
「俺はともかく。ケイのファンクラブ、とな?」
 綺麗な天使の如く、メイが微笑む。
「黙認してやっていた俺のやさしーーーい、広い心を、もちろん、判ってたよな?」
 引きつる少年たちの助けは、残念ながら存在しない。
 駆けつけてきた他の教師も、メイのおどろおどろしい殺気にやられ、遠くから呆然と見守るのみである。
「優しい、優しい俺の教師としての広い心……」
「……はい……まったく、その通りです……」
「そう、判ってる。お前らはちゃーんと、判ってる。俺がこれまでお前らを優しい気持ちで見守ってやっていたのは」
 にっこりと、微笑むその笑顔が、でもな、という言葉と供に……
 氷のように冷たく変わる。
「それはあくまで、ケイに実害がなかったからだ。完っっ全に、俺は今怒り狂ってる。それはどうしてだと思う……?」
「……ケイ、先生に……実害を加えてしまったから、です……」

「よくわかってんじゃねーか、ああ? 俺のケイに、ケイの美しいこの髪に、お前ら何してくれやがんだ? クナイ投げは危険だから扱うのは注意しろっつったよな? 俺の忠告も無視して使い、俺に向けやがった挙句、ケイの髪を切り落としただぁ……?」

 冷めたその顔が、すさまじい怒りの形相に変化する。  美人が怒ると夜叉になる、の言葉どおりに。

「五体満足に生きて帰れると思うなよ、ガキどもがぁっ!!」

 目にも止まらぬ速さで印を組んでいくメイの腕を、慌てて止めたのはその渦中の存在であるケイ。
 ……と言うか、他の者たちはビビって近づくことも出来ないからだったのだが。
「お、落ち着け!! 生徒含めて教師もビビってんじゃねーか!!」
「何で止める!? 俺よりあいつらが心配か!!」
「はぁ!? なんでそーなる!?」
「ケイのためにと思って怒ってるのに!!」
「それは嬉しいけどよ……」
「俺のケイの髪が!! あの美しい髪が……!!」
「いや、だからって殺すなよ!!」
「……絶対許さん!!」
「落ち着けっての!!」
 暴れるメイの体を抑えつけ、それにも疲れたのかケイが自分の影をメイの体にまとわせる。
「ケイ!!」
「……お前なぁ……たかが髪だろうが。どうせすぐ伸びるし、俺らにとっちゃ変化すればどうとでもなるんだぞ?」
「今損なわれたことは確かだろ!?」
「そりゃ、まあ……。ったく、めんどくさい奴……ほら、帰るぞ」
「影を解け!! 俺は我慢できない!!」
 それでも暴れようとするメイに深く大きいため息をつき。
 ケイが切れ長の目をさらに細めた。
「……メイ」
 硬質な声にびくり、と肩を震わせ、興奮状態だったメイの顔にようやく正気の色……というか、青ざめた色が浮かぶ。
「……帰るぞ? 俺はこれ以上お前が暴れるのは後始末が面倒だから嫌だ。いいな、帰るぞ」
「……はい」
 うっすらと怒りマークがあるように感じるのは、何も自分だけではないはずだ。
 見れば、少年たちと教師もさらに引きつった顔をしてケイを見ていた。
「お前らもさっさと帰れ。今回はメイが怒ったがな……俺だって、メイが危険な目に遭いそうだったことも、メイが好きだって言って憚らないこの髪を切られたことにもムカついてるんだ」
「はい……ごめんなさい」
「今度可愛いペットのお前らが歯向かえば、俺は躾する。二度とこんなことがないように……生かさず、殺さずの精神でな」
「……は、い……」
 メイが怒った姿もかなり怖かったが。
 ……このケイほどではないだろう。
 いつも面倒だと言って何事にも流れるように動く彼が、その漆黒の瞳に本気の怒りを宿して睨みつけるその様ほどではない。
 端正な顔が怒りに染まるそれは、ドライアイスでも押し付けられたような冷たい熱さがある。
 そんなケイの後ろ姿を見送って、死にそうに詰めた息を吐き出した。
 ……今後、二度と彼らの前でケンカすることだけは避けようと、内心で誰もが誓った。








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紗奈様、118900Hitおめでとうございます!!
こんな感じでよろしいでしょうか?
ケイはメイに関しては、
たぶん誰よりぷっつんするのが早かろうと……
でもものすごい静かな怒りじゃないかなーなんて……
妄想しまくってごめんなさい(滝汗)

こんなものでよろしければ、
どうぞお納めくださいませvv


毎日通っていたら、またキリ番踏んでしまいましたw

素敵だわ〜w

生徒たちはペットですか。流石は神様ですねw

大好きなケイ先生とメイ先生のお話を頂けてとても嬉しいです♪

神原さま、素敵な小説をありがとうございますw