逃亡の途についている骸であったが、とある潜伏場所で休んでいた。
 軽く睡眠を取ります。
 そう言って千種と犬の二人に起きているように言いつけ、しばしの休息時間を取っていた。
「骸さん、お疲れなんだびょん…」
 よく見れば、少し痩せたような気がする。
 そう呟く犬に千種は頷き、落ちかけていたタオルケットを直した。
「起こしたらマズイから、少し離れよう」
「わかってるびょん」
 小さな声で話していた千種と犬が骸から離れてから、どれくらい経っただろうか。
 唐突に骸は体を起こした。
 普段であれば、多少の目覚めるまでの時間があるのだが、本当に突然だった。
「む、骸さま…?」
「千種、犬、出る準備をしなさい」
「はい?」
「行く所ができました、急ぎますよ」
 そう言いながらここを離れる準備を済ませようとしている。
 それに頷き、自分たちも出る準備をしながら、千種は尋ねた。
「どちらへ?」
「ひとまず、黒曜の方へと」
 復讐者たちが来るからと後にした地である場所の名前に、千種は眼を見開いた。
「骸さん、復讐者がいるからしばらくは近付かないって言ってなかったびょん?」
「えぇ、言いましたよ。状況が変わりましたから」
 あと、見つかるような下手な真似はいたしませんよ。
「骸さま、準備完了いたしました」
「千種は良い子ですね。では、行きますよ」
 黒曜センターでの事件の記憶が薄れるわけも無いくらい早々に、骸は千種と犬だけを連れて、黒曜へと向かったのだった。



 黒曜へと向かう骸の進む足取りは迷いの欠片すら無く、一直線にある場所へと向かっていた。
 黒曜センター、もしくはその他の候補としてリストアップしていたアジト候補のいづれかに行こうとしてるのだと思っていた千種は、全く記憶に無い方向へと進む骸に声をかけた。
「骸様……」
「どうしました? 千種。犬は迷子になっていませんね」
「骸さん! 酷いれすよ!!」
「くふふ、はぐれそうで怖いのですよ、犬の場合」
「犬は俺が見てますから」
 危なかったら声をかけるなり何なりしている。
 そんなことより、気になることがある。
「どちらに向かっておられるのですか、骸様」
「あぁ、言ってませんでしたね」
 あちらですよ。
 そう指差したのは黒曜の総合病院。
 病院に何の用が…? そんな疑問に包まれた瞳を向ける千種に、骸は笑った。
「見ての楽しみですよ」
 どうせすぐにわかりますから。
 それだけを言って、病院の敷地内へと入っていった。
 どこの病室に向かうのか確認もせず、ただまっすぐに進む。
 そして、開いた扉の先に、紫色の髪の毛の少女が眠っていた。
 表情が抜け落ちた瞳を閉じたその顔は、少々血色が悪く、生きている人と言うよりは、人形か何かのようであった。
 スタスタとベッドサイドへと着いた骸は、サラリと髪の毛を漉き、微笑みをたたえた表情で声をかけた。
「おはようございます、凪」
「おはようございます、骸様」
 笑い合う二人に、千種と犬は病室の入り口に止まったまま、動けなかった。



「骸しゃん! その女なんだびょん!」
 突然の骸の行動に呆然としているしか無かった犬と千種が声を上げた。
 ようやく現実的に考えれるようになってきたためのようである。
「犬、その女などと言ってはいけませんよ」
 彼女の名前は……
「髑髏、クローム髑髏」
「凪……」
「骸様が名乗ってもいいって言ってくれたんだもの、いいでしょう?」
「仕方ありませんね」
 六道骸をアナグラムで作り変えた名前を名乗る凪――髑髏に苦笑を返す。
「クロームは、僕と同調しています」
 なので、変なことでもしようものなら、僕のお仕置きが待っていると思ってくださいね。
「つながってる? どういうことですか?」
「っていうか、何で骸さん、そんなにそいつと仲良しなんだびょん!」
 千種の問いを遮った犬に、骸は溜息を一つ吐いてから答え始めた。




 少し休むと言った骸は意識を奥へ奥へと進めた。
 誰かの夢の中を渡り歩くように進んでいく。
 誰の夢であってもいいと思って歩いている上、普通ここで会ったことなど誰の心にも残らず、夢の中であるがゆえに、気付く者も少ない。
 そんな散歩をしていると、とある夢の持ち主と眼が合った。
「…おや?」
 やっと終わる、と生の終わることにホッとし眼を閉じようとしていた少女。
 白いワンピースを着て、ベッドに横になり、髪の毛で顔が半分隠されている美少女。
「あなたは…?」
 見覚えの全く無い人と死を前にして会うとはどういうことだろう? と骸に尋ねる。
「終わるわけが無いでしょう? 死んだとしても巡るだけ……」
 六道を巡って、また生に戻るだけの話だ。
「こうしてどこか似た者と会えるとは、散歩もするものですね」
 体を起こす彼女の顔を覆う髪の毛が邪魔だろう、とかきあげてあげようと手を伸ばす。
 さらりとした柔らかい髪の毛をどけた後には、事故で傷付けられたらしい痛々しい跡。
 空虚なる眼窩に、慌てて手を離す。
「すみません」
 謝りながら、ここは夢の中なのだから、幻術で補えば良いのだ、と思い付く。
「……これで大丈夫」
 眼窩を対の瞳と同じく埋めれば、少女の表情が驚きに変わる。
「有幻覚と言って、無い物を有ることに……」
「気にしなくて良かったのに」
 どうせ私は死ぬのだから。
 そう言い切る彼女に、哀しみを覚える。
「内臓がいくつもダメになっているから、もう死ぬの」
 ここはまだ死後の世界じゃないの?
「――貴女は死にたいのですか?」
 その問いには首を軽く左右に振ることで答え、口を開く。
「でも両親がいらないって言っていたから、もういいの」
 自身は生きたいけれど、生きていても邪魔にされるだけ。
 だったら諦める。
「生きたいなら生きなさい」
 有幻覚で足りないものは補えます。
「こうして会ったのも何かの縁です」
 夢を渡っている最中に眼を合わせた人間など、初めてのことだ。
 そんな奇縁を蔑ろにするのもどうだろう。
「貴女が生きたいなら、力を貸します」
 どこかが繋がった今、骸の力を反映させることは簡単だ。
「どうします?」
「…い…きたい」
 死にたくなかった。
 もう無理だと思っていたから諦めたけど。
 まだ、生きたい。
「何がしたいわけでも無いけど、怖い」
 死が怖い。
 自分が無くなるのが怖い。
 本能的な恐怖。
「それでこそ人間ですよ」
 生きるとは、そういうことだろう。




 それからしばらく色々な話をした。
 どこにいるのか、どんな生活をしていたのか……
「逃げているの…?」
 それなのに私を助けたりしていて足がつかない?
「大丈夫ですよ」
 復讐者を撒くくらい何でもない。
 万全の体勢で構えているのだから、これくらいのイレギュラーは乗り切れる。
「……骸さま、私も手伝う」
 助けてもらった命を、ただ無駄にして生活するよりは、手伝いたい。
「凪!?」
「それに、二度と会えないとかは、嫌」
「それは凪がここに来れる力があるなら……」
「使い方を教えて」
 知らずに辿り着いていた場所。
 もう一度ちゃんと来れる自信は無い。
「でも…」
「その力で役に立てるのなら、いくらでも使ってほしい」
 骸の力になれるのなら、という強い意思が感じられた。
「…………仕方ないですね」
 言っても聞かないならば、そうするしか無いだろう。
 そうでなくとも、身内に弱い骸である。
 縁を感じて有幻覚を使うと言った時点で見捨てられないことは決まったも同然だ。
 実体で会いに行くことを約束したり、今までの生活全てを捨てると言い切る凪に慌てたり。
 今から生まれ変わるようなものだから、と新しい名を付けてもらったりした。
 そうして、一回目覚めなさい、と言う骸に、
「次に会うのは現実で実体で、ですよ」
 と言われたのだった。





「それでは、そろそろ僕たちは帰りますね」
「待って!」
 バタバタッと慌てて骸の腰の辺りに腕を回して抱きつく。
「私も一緒に連れてって…!」
「凪……」
 可愛い子供でも見るかのように柔らかい眼差しを髑髏へと向け、頭を撫でる。
「また、明日来ますから」
 その言葉にふるふると首を振って、がむしゃらにしがみつく。
「凪……」
 困ったな、とどうしたらいいかと悩み始める骸。
 しかし、そろそろ面会時間も終わりを告げようとしている。
「明日、面会時間が始まると同時に来ますから。ね?」
 何度も何度も言い聞かせるように、骸は凪にそう言い、そして最終的に諦めたように頷いた凪をベッドへと戻す。
「いくら内臓を僕が有幻覚で作っていたとしても、もしものためには病院の方が安全なのですよ」
 だから、と骸はすまなそうに謝った後、病室を辞去した。

「………びょ、病院着一枚で抱きつくなんて、女の子として問題が多いですね……」
 視線を揺らしながら、ブツブツと言い出す。
「…………む、骸しゃん…」
「犬、言うな。聞かなかったことにしよう」
「…うん、そうするびょん」
 とあるアジトへ向かっている最中、少し頬を赤くした骸がいつまでもブツブツ言っているのを、どうしたものか、と千種と犬は見つめていた。




 面会時間が始まってすぐに訪れた骸の姿を眼にした途端、凪は骸に抱きついた。
 今までで一番と言っていいほどの勢いに、骸は支えきれずに倒れこんだ程だ。
「おはようございます、凪」
 少し手を離してくれませんか?
 そう尋ねるも、凪は抱きついたまま離れず、骸はどうしたものか、と溜息を吐いた。
「……夢かと思った」
 会ったのは夢で、もう来ないかと思った。
 そう呟いて、喜んでいる凪に、骸は仕方ないな、と髪の毛を撫ぜる。
「夢なんかじゃありませんよ」
 こうして触れられるでしょう?
「体温も感じますよね?」
「はい」
 有幻覚は温かさまで感じれると言っていたが、それでもこうして触れていられる今は現実だ。


「数日以内には僕の幼馴染たちとも会わせますからね」
 仲良くなってくださいね。
「はい!」
 凪は元気良く頷いた。



 それから数日。
 凪がどうしてもと言い張り、病院を抜け出すように退院して骸たちと行動を共にし始めるのだった。





ようやく書けましたが、しかし、キョウちゃんどこやねん。
っていう・・・(笑)
そして、意外に長い・・・
まぁ、昔っから決まってた凪ちゃんの回収話ですよっと。
だいたい同じことになる脱力はちょこっと違いますので、見て笑ってやってくださいな☆

2009/7/4 更新
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